魚の消費量が落ち込む中、あえて時間と手間、そしてコストのかかる伝統製法で干物をつくる会社があります。魚を火山灰の中でじっくり熟成させる「灰干し」を行う干物製造会社「日和屋」です。
灰干し熟成干物 特大さば(写真は食文化提供)
おいしさを引き出す もう一つの「干物」
「干物」と聞くと、多くの人が思い浮かべるのは、潮の香りが漂う風通しの良い場所で、開いた魚を干し網に並べて乾かす「天日干し」の光景ではないでしょうか。
日和屋では、この手法に加えて、日光や風にさらさず、灰の中で水分を抜く「灰干し」製法も採り入れています。これは単なる保存のための干物ではなく、魚のうまみを最大限に引き出すための技です。
「脂がのったサバは灰干しすると抜群です」(大川さん)
日和屋の代表であり親会社・大川水産の代表も務める大川三敏さんは、こう話します。
「どんな魚でも灰干しが最適というわけではありません。脂が強くクセが強い青魚は向いていますが、魚によって別の製法の方が良いこともあります。魚種ごと、個体ごとに見極めて製法を使い分けます。素材選びこそが品質の要なんです」。
旧築地市場で水産卸として培った大川さんの確かな目利きも日和屋を支えています。
灰に包み 「酸化を防ぎ、熟成をすすめる15時間」
千葉県浦安市にある大川水産の加工場は、魚を扱う場所とは思えないほど静かで整然としています。ここで、鹿児島・桜島の火山灰を使い、魚をゆっくり熟成させる独自の「灰干し」が行われています。
地下の「灰干し室」には、木枠のせいろが幾段にも積み上げられています。
火山灰が入った木枠を持つ橋元さん
桜島の火山灰を敷き詰め、その上に布を広げ、水分だけを通すシートで挟んだ魚をのせます。さらに布をかぶせ、灰で覆って外気を遮断します。
「つまり、魚を灰でサンドしている状態です。灰には浸透圧で水分を抜くための塩が混ぜてあります」と、日和屋の事業部長、橋元三郎さんは説明します。
灰に包まれ 一昼夜寝かせます
「灰干し室」の温度は5度、湿度は35%。季節を問わず湿度と温度が一定に管理されたこの部屋で、丁寧に下ごしらえした魚は一昼夜、およそ15時間かけてじっくりと水分を抜き、熟成させていきます。
「天日干しは風に当てることで表面から乾かすため、どうしても酸化が進みやすい。でも灰干しは、光にも空気にも触れず、内部からゆっくり水分が抜けるので臭みが出にくく、熟成が進みます。だから旨みがぐっと引き立つのです」(橋元さん)。
灰干し後の灰には水分のあとがクッキリ
余分な水分とともに雑味の原因が取り除かれ、魚のたんぱく質がアミノ酸に分解され、旨みが凝縮されていく。それが「灰干し」の力なのです。
灰を「焼いて、冷まして、また使う」
驚かされるのは、灰の扱い方です。魚の水分を吸った灰は、使い捨てではありません。専用の釜で約40分かけて加熱し、殺菌と乾燥を行ったのち、半日かけて完全に冷ましてから再利用します。
「魚によって多少違いますが、乾燥機ならサバは1時間ほどで干しあがります。でも灰干しは時間も手間も数倍かかります。火山灰は粒子が細かく軽いので、焼く工程で目減りしてしまう。コストもかかります。でも、『灰干し』と名乗る以上、しっかり良いものをお客様に届けたいという信念でやっています」(橋元さん)。
「安売りはできない」プロがほれ込む本物の味
「丸千千代田水産」の小久江さん
この手間暇をかけた逸品を、市場の立場から支えているのが、豊洲の水産加工品の総合商社「丸千千代田水産」の小久江昌洋さんです。干物担当25年のベテランの小久江さんは、日和屋の仕事を「尊敬している」と語ります。「長年この仕事をしていますが、大川水産の干物は間違いなく本物です。だからこそ、決して安売りはしたくないんです」
しかし、スーパーなどの小売店には「いくら以内」という価格設定の制約や、「何時までに何個」という数量の壁があるといいます。近年は、脂やうまみを外から添加して「満足感」を演出する商品も少なくありません。一方、大川水産の干物は素材本位。手間を惜しまず、丁寧な工程を貫いてつくられています。
「職人の手作業や熟成時間を知れば、安売りなど到底できません。この味の理由をきちんと説明し、納得してくださる方へ届けていきたいですね」(小久江さん)
誠実に作り 真剣に売ります
大川さんは「ローコストを追求するスーパーと同じ土俵で勝負していたら勝てない。だから付加価値のあるものを売っていかないと」と話します。灰干し用の魚は、鮮魚店で刺し身として提供される以上のものを仕入れています。使う灰は、独自に調べたミネラルを含む桜島の火山灰を取り寄せています。
「原料を過剰に仕入れないとか、在庫を抱えすぎないなどの工夫で、価格をできる限り抑えています。まだまだ付加価値を高める余地はあると思っています」と続けます。自社販売や通信販売にも力を入れ、消費者が購入しやすい仕組みづくりにも取り組んでいます。
「冷めてもおいしい」 技を引きつぐ
大川さんが「灰干し」製法を取り入れたきっかけは、築地にある旧知の老舗製造会社社長から「製法を引き継いでほしい」と託されたことでした。工場を視察した際、時間や手間がかかることを目の当たりにし、迷いもあったといいます。その背中を押したのは、「灰干しなら、冷めてもおいしいですよ」という先代の一言でした。
通常、魚は冷めると脂が回り、特有の臭みが出やすくなりますが、灰干しはその原因となる水分と臭みを抜いてしまう――。 「焼きたてを食べられる人ばかりではない。冷めても旨いなら本物だ、と確信しました」と大川さんは振り返ります。
工場内で丁寧に魚を下処理
「効率だけを考えれば乾燥機で干した方がはるかに早い。でも、お客様に本当に良いものを届けるためには、やはり手間や時間がかかるんです」。
日和屋がかけるのは「一手間」ではなく、人の想いがこもった「人手間(ひとてま)」。魚の価値が問い直される今だからこそ、今日も手間を惜しまず、魚と向き合い続けています。
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【大川水産株式会社】 1963年に創業。千葉県浦安市で、干物を中心とした水産加工品の製造・小売りを手がける。2008年には、干物の製造を一手に担う関連会社「日和屋」を設立。静岡県沼津市の本社では天日干し、大川水産のなかに併設する日和屋の東京工房では、灰干しと機械干しで干物をつくる。 |
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【丸千千代田水産株式会社】 東京都江東区の豊洲市場のなかにある水産加工品総合商社。1948年創業。 干物をはじめ、練り物や魚卵などの水産加工品を中心に、約5万5千品目の流通を担う。市場や店頭で収集した情報の提供、メーカーと協業した商品開発にも取り組む。 |