香ばしい麦の香りが鼻をくすぐり、ポン菓子のような甘さが口に広がる。今年創業80年を迎える愛知県豊川市の「井指製茶」が焙煎した「いさし園」ブランドの麦茶は、遠い記憶を呼びさます味です。全国で数基しかないれんが造りの鉄釜を使い、あえて昔ながらの手間暇かけた製法を守っています。そこにはお茶の未来を憂いた3姉妹の思いがありました。
大量生産で流通している麦茶は、麦を高温の熱風で一気に乾燥させる製法が一般的です。井指製茶の麦茶は「鉄釜砂煎り焙煎」。鉄釜の中に大麦と砂を一緒に入れ、180~210度で熱せられた砂が発する遠赤外線で麦の芯までじっくり時間をかけて火を通していきます。「これが豊かな香りと甘みを引き出す秘訣です」と同社の井指りかさん(26)は話します。
厳選した茨城産大麦を使った麦茶には、高温で2度焙煎する香ばしい「深煎り」と、低温で3度焙煎する「浅煎り」があります。特に浅煎りは、「香ばしさが苦手」という人向けに開発された、「他ではあまりない見かけない麦茶」(りかさん)だそう。一般的な六条大麦ではなく、ビールに用いられる大粒の二条大麦を使います。表面を焦げつかせないように2日間かけてじっくり火を通すと、麦本来の甘みが際立つ麦茶になるそうです。
焙煎には、その日の気温や湿度、火を入れた麦の色を見ながら火加減調整する技術が必要。同じ味を常に再現できるのは、まさに経験を積んだ職人技です。2年前に引退したこの道30年の職人のノウハウを、次世代の職人が守っています。
職人技で煎られた深煎りの大麦
何年も変わらぬ味を支えてきた立役者が、煉瓦(れんが)造りの2基の鉄釜です。古い釜は勤続約60年にもなります。鉄釜を煉瓦で覆うと保温性が高まるのですが、釜を修理する職人によると、いまや全国でも数えるほどしか残っていないといいます。この鉄釜でできる麦茶の量は1日に600キロほど。釜を傷ませないために毎日フル稼働はしていないので、大量に作ることはできません。
コスパ重視の世の中にあって、鉄釜砂煎り製法にこだわり続けるのは、井指製茶のルーツに理由があります。戦後に事業を興した創業者は、緑茶の製茶のほか、麦をフライパンで煎って販売をしていたそうです。その後、ドラム缶を改造した焙煎機を経て、約60年前に会長が鉄釜を導入しました。製茶業者が麦茶の焙煎を手がけるのは珍しいことだそう。味と香りに妥協しないことは、お茶屋として、「いさし園」ブランドのスピリットを守ることなのです。
勤続約60年。今では珍しい煉瓦造りの鉄釜
お茶屋の業界は近年、厳しい状況にあります。ペットボトルのお茶の普及で、茶葉から急須でお茶をいれたり麦茶を煮出したりする人は減り続けています。独自の製法にこだわった物作りを続けてきた井指製茶も苦境は例外ではなく、さらにコロナ禍が追い打ちをかけます。商業施設での試飲販売の禁止や、家族葬の広がりで香典返しの需要が減るなど、製法の良さや味を知ってもらう機会が減りました。
頭を悩ませる3代目社長の宏隆さん(53)は、味を伝える新たな場所として「お茶カフェ」を作る決心をします。客層を広げるため「若い感性を」と協力を求めたのが、長女りかさん、次女ひかるさん(25)、三女かれんさん(22)の3姉妹でした。
カフェ開店に尽力した3姉妹
当時りかさんは大学3年生。小さい頃から工場を出入りして職人技に間近で触れ、麦茶やお茶のおいしさの理由を体感してきました。進路を実家への就職と定め、2人の妹と、飲食店で働いていた従姉妹の山田光音さん(24)という力強い応援団も加わり、日本中の日本茶カフェを視察して研究を重ねました。
和のテイストの本格的な日本茶スタンドを考える宏隆さんに対し、姉妹たちは「若者には敷居が高い。まずは本物の味を知る入り口に」と、まるでコーヒーを出すかのようなラウンジ風店構えを提案。カフェの場所も、当初案の店舗ではなく、工場の一部をリノベーションすることに。お茶の工程や従業員が働く姿を見てもらえれば、身近に感じてもらえるのでは、と考えたからです。
クラウドファンディングや3回の1日カフェ開業など、約2年の準備期間を経て、2023年8月に「1_34 cafe」を開店させました。カフェの奥のガラスの向こうでライトアップされているのは2基の鉄釜。「いさし園」ブランドの象徴を主役にしたのです。「いさし園の『核』を考えた時、やっぱり麦茶だと一致しました」とカフェの店長になったりかさん。
大麦を焙煎する釜の様子が見られるようになっていて、時にはお客さんに直接説明をすることもあるそうです。「話すと興味をもっていただく方も多く、手応えを感じています」
煉瓦造りの鉄釜が見える店内
カフェメニューにはストレートの麦茶や煎茶と並び、いま時らしい抹茶ラテやほうじ茶ラテもありますが、なんといっても注目は「麦茶ラテ」。全国のカフェ視察でも見かけなかったという、オリジナルドリンクです。地元企業に協力してもらい、麦茶エキスを凝縮したラテベースを作りました。ラテも麦茶同様2種類あって、「深煎り」はミルクコーヒーやポン菓子、「浅煎り」はアーモンドミルクのような味わいです。スイーツは、当時地元のカフェなどでバイトをしていたひかるさんが中心となり考案。麦茶どら焼きや麦茶アイス、麦茶ベースのかき氷など、麦茶スイーツメニューも広がっています。
(左)深煎りと浅煎りの麦茶 (右)麦茶ラテ
4月には、煎った大麦を粒ごとチョコに入れたザクザク食感の「麦茶チョコクランチ」を売り出しました。「中までしっかり火が通った大麦は食べてもおいしい。“食べられる麦茶”を表現しました」
カフェの開店にあわせ、茶葉の焙煎やブレンドの得意とする社の強みを生かしたフレーバー付き日本茶などを少量パックにリブランドしたのは社長のアイデア。今は会社員になったひかるさんや大学生のかれんさんも、時間があれば店に立ちます。
ラテベースやチョコクランチ、アイスクリームなど麦茶から生まれた商品
屋号からとった「1_34(いさし)cafe」。あえて「_」をつけたのは「2がない」=「二つとない」という意味が込められているそうです。鉄釜が見守る二つとない空間で二つとない特別なお茶を楽しめる。家族や従業員が一丸となって、カフェをもり立てています。
・やかんの中に常温、もしくは冷たい水を入れ、パックを入れる。
・やかんを火にかけてぐつぐつ沸いたら火をとめる。火にかけすぎると雑味が出てしまう。
・やかんごと、氷水や冷水で冷やす。
・パックがやかんの底に沈んだら取り出し、別の容器に入れ冷やす。
※煮出すより、沸騰後すぐ火を切った方がゆっくり抽出され、甘味が出やすくクリアな味になります。
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応募締切:2026年7月9日 16時