20世紀初頭のヨーロッパでは産業化への反発が高まっていました。そんな中、ドイツで自然回帰や南国への憧れを抱き、自身の「主観」を大事にする芸術集団が結成されます。これがドイツ表現主義美術の始まりです。
当館は、江戸末期から明治にかけて高知で活躍した絵師・弘瀬金蔵・通称「絵金」の激しい表現に通じる海外美術を収蔵品の軸にしたいと考え、表現主義にたどり着きました。現在、約300点を所蔵しています。
ペヒシュタイン(1881~1955)の「森で」には、初期の表現主義の特徴が色濃く出ています。遠近法を無視した奥行きのない画面に太い輪郭線の木々や裸体を描き、激しい色使いで塗りたくる。建築科の学生らが中心だったグループに途中から合流したペヒシュタインは美術学校出身。パリの画家とも交流し、技術はあったはずです。あえてこの垢(あか)抜けないとも言えるスタイルに同化し、当時の波に乗ったのでしょうね。
第1次大戦後は戦争の惨禍への絶望感から、「主観」へ不信感を抱き、ありのままを描く画家が出てきます。ジョージ・グロス(1893~1959)の「緑衣のロッテ」は義理の妹を冷ややかに描いた肖像画。不穏な表情や青筋が立った手の甲には、見てはならない心の奥底を覗(のぞ)いたような感覚を抱かされます。
主観と客観。アプローチは違えど、どちらも人間的な魅力を感じます。
(聞き手・井上優子)
《高知県立美術館》 高知市高須353の2(TEL088・866・8000)。午前9時~午後5時。原則無休。常設展360円。2点は6月24日まで開催の「ドイツ表現主義の版画」展で展示。
学芸員 奥野克仁 おくの・かつひと 立教大大学院修了。専門はドイツの近代美術。1993年の開館以来、シャガール・コレクションも担当。 |