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妖怪の意匠 三次もののけミュージアム

恐怖の対象 一方で身近な存在に

「鵺図刺子半纏」(裏側) 大正~昭和時代
「鵺図刺子半纏」(裏側) 大正~昭和時代
「鵺図刺子半纏」(裏側) 大正~昭和時代 「河童図饅頭根付」 高さ2センチ 江戸時代後期~明治時代

 江戸時代の妖怪物語「稲生物怪録(いのうもののけろく)」の舞台となった広島県三次(みよし)市に立つ当館は、私が30年以上かけて集めた妖怪にまつわる資料約5千点を収蔵しています。「もののけ」で町おこしを目指す同市が、私の寄贈品をもとに設立、昨年4月に開館しました。

 自然に対する畏怖(いふ)や心の不安から生み出された妖怪。室町時代の「百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)絵巻」が知られていますが、それ以前から言い伝えや書物に登場します。木版技術が発達した江戸時代、妖怪を描いた錦絵や版本が庶民にも浸透し、妖怪は恐怖の対象の一方で身近な存在にもなりました。それに伴い、日用品にも妖怪の意匠が施されるようになります。

 コレクションは絵巻や錦絵をはじめ、着物や根付け、刀の鍔(つば)、器、玩具など、江戸~昭和時代の品々。「妖怪文化」の広がりを見ることができます。

 「鵺図刺子半纏(ぬえずさしこばんてん)」は、大正~昭和時代の消防組のもの。裏側に染められているのは、顔は猿、足は虎、尾は蛇という異形の姿の怪獣「鵺」。平安時代後期の武将源頼政が退治したと伝えられています。

 江戸時代から粋を身上とした火消しの半纏には妖怪が大胆にデザインされてきました。人々を驚かせようという意図でしょう。鎮火して帰るときに裏返して派手な絵柄を見せたと言われています。

 妖怪は根付けにも多用されました。「河童図饅頭根付(かっぱずまんじゅうねつけ)」は、人間の「尻子玉」(肛門内にあると想像された玉)を抜こうとする河童をおならで退治する様子が獣骨に彫られています。

(聞き手・牧野祥)


 《湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)》 広島県三次市三次町1691の4(問い合わせは0824・69・0111)。午前9時半~午後5時。半纏は3月10日までの企画展、根付けは常設展で展示。600円。原則(水)休み。

湯本豪一さん

 名誉館長 湯本豪一

 ゆもと・こういち 妖怪研究家。川崎市市民ミュージアム学芸員、学芸室長を経て、現在は法政大学大学院で教える。著書に「江戸の妖怪絵巻」など。

(2020年2月18日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)