いわさきちひろ(1918~74)は、空襲による被災などを経て戦後、画家として自立する決意をします。2度目の結婚の際には一時的に家計を支えたことも。1児を育てながら広告、挿絵、絵本などを手がけ、次第に独自の画風を確立していきます。
その到達点の一つが「チューリップのなかのあかちゃん」。輪郭線を用いず透明水彩の濃淡だけで肌の質感、体の量感を的確にとらえています。こうした表現は、確かなデッサン力があってこそ可能なものです。柔らかな色彩の中で、黒いつぶらな瞳がひときわ目をひきます。じっとこちらを見つめるまなざしには、1人の自立した存在の尊厳が感じられます。
描き込み過ぎず余白を生かした表現は、見る人の想像力をかきたてます。この絵で赤ちゃんの周囲の白は命の輝きのようにも見えませんか。
「焔(ほのお)のなかの母と子」は、ベトナム戦争が激化したころ、爆撃にさらされる現地の子どもたちに思いを寄せて、反戦をテーマに制作された絵本の1場面です。母親の胸に抱かれた赤ちゃんのあどけなさと対照的に、母親の視線からは、子どもが暴力にさらされることを許せないという憤りと、母としての強さが感じられます。
この絵本を制作するころ、ちひろは体調を崩し入退院を繰り返していました。子どもの命を脅かすものに厳しいまなざしを向ける母親は、病を押してこれを描いたちひろの姿にも重なります。
(聞き手・高田倫子)
《ちひろ美術館・東京》 東京都練馬区下石神井4の7の2(問い合わせは03・3995・0612)
当面の間午前10時~午後4時(入館は30分前まで)。
原則月曜休み。
1千円。
「焔のなかの母と子」は17日~来年1月31日展示予定。
主任学芸員 原島恵 はらしま・めぐみ 筑波大大学院芸術学研究科博士課程中退。修士(芸術学)。2003年から同館勤務。専門は近現代美術、絵本のイラストレーション。「村上春樹とイラストレーター」展の企画を担当。 |
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