猪熊弦一郎(1902~93)は高松市に生まれ、東京、パリ、ニューヨーク、ハワイと拠点を移し、そのたびに作風を大きく変化させた画家です。
渡米は55年。西海岸に降り立ち、車でアリゾナ州の砂漠を横断したのちNYに。神が造った地平線と、それに逆らうように人が建てた高層ビルのコントラストに感動したといいます。戦前に過ごしたパリへの再訪をキャンセルし、そのまま20年間を過ごしました。
渡米から10年ほど経つと、NYの町を「コンフュージョン&オーダー(混乱と秩序)」と捉え、表現するようになります。ごちゃごちゃしたところにも独自の秩序があるように見え、そこに美を感じたのです。
「The City (Green No.2)」では、大通りに並ぶビル群のような整然としたスタイルと、フリーハンドで描かれたゆがみのある細かい線が画面に共存しています。モチーフの見た目をなぞるのではなく、抽象概念として描く独自の表現です。
渡米後、「具象の影はこの街でゴソッと落ちてしまった」と猪熊は振り返っています。渡米前の具象的な作風の例が「妻と赤い服」です。妻と猫、額絵や置物などのモチーフを、色と形のバランスを考慮して配置しています。しかし、より純粋にバランスの美を追究するため、猪熊は「妻」「猫」といったモチーフの意味を画面から無くしたいと考えていたのです。
猪熊は美とは何かを常に追い求め、亡くなるまで表現を変化させることを恐れませんでした。「今」をよく咀嚼した良い作品には生きるヒントがある、という思いを受け継いだ当館は、猪熊「記念館」ではなく、「現代美術館」なのです。
(聞き手・高木彩情)
《丸亀市猪熊弦一郎現代美術館》 香川県丸亀市浜町80の1(問い合わせは0877・24・7755)。午前10時~午後6時(入館は30分前まで)。原則(月)休み。2点は9月5日まで「猪熊弦一郎展 いのくまさんとニューヨーク散歩」で展示。950円。
学芸員 古野華奈子 ふるの・かなこ 1997年から勤務。猪熊作品では、明るく楽しい中に高度な技術が光る晩年のハワイ時代のものがお気に入り。 |