洋食器をはじめ金属加工業が盛んな新潟県燕市にある当館には、世界でも珍しいスプーンコレクションの展示室があります。東京や静岡で開業した医師で、画家でもあった故伊藤豊成さんが世界中から集めた約5千点の寄託を受けたものです。六つのエリアに分け、古代から現代までの品々を展示しています。
身近な日用品のスプーンに関する文献は少なく、発祥については不明な部分が多いです。物をすくう道具として世界中で同時多発的に誕生したのではないでしょうか。
ヨーロッパでは新石器時代の遺跡から素焼きや動物の骨を使った匙(さじ)が発掘されています。ギリシャ・ローマ時代には薬品の調合や、宴会の時に使われたようです。ローマ滅亡でスプーンの使用は途絶え、一般に普及したのは17~18世紀になってからです。
ステンドグラスのように美しいプリカジュール(七宝の一種)のスプーンは、植物がモチーフ。金属の枠内にガラスの釉薬(ゆうやく)を流し込んでは焼く工程を繰り返して制作したと思われます。
19世紀末、アールヌーボーの時代に流行したこの技法は高度な技術が要求され、現在では幻の技法です。ノルウェーで作られたというデータだけは残っていますが、こうした品がほかにどこかで作られたのかなどはわかっていません。
裸婦像がモチーフのカトラリーは、彫刻家アルベルト・ジャコメッティが開いた教室で制作されたという資料が残っています。スプーンの形は何千年前から大して変わらない、いわば完成されたフォルムです。それを果敢にぶち壊す精神を感じて、面白いです。
(聞き手・吉﨑未希)
《燕市産業史料館》 新潟県燕市大曲4330の1(問い合わせは0256・63・7666)。午前9時~午後4時半。400円。[月]([祝][休]の場合は翌日)、年末年始休み。
学芸員 斎藤優介 さいとう・ゆうすけ 1978年生まれ。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)で文化財科学を専攻。2003年から現職。 |