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市之倉さかづき美術館

ハンディを逆手に 薄く軽く

市之倉さかづき美術館
㊧明治期、径6.5×2.8センチ㊥明治期、5.7×4.6センチ㊨昭和期、5.8×3.3センチ
市之倉さかづき美術館 市之倉さかづき美術館

 岐阜県南東部の多治見市市之倉町は平安時代以来のやきもの産地で、幕末から磁器を作り始めました。山がちで運搬の便が悪かったこと、良質な土が乏しかったことから、小さく軽く付加価値の高いさかずきや玉露用の煎茶器が特産となりました。

 3点並んだ写真の中央は、細密な絵付けを得意とし、国際的にも評価された加藤五輔(1837~1915)が手がけました。面相筆の穂先の一番長い「命毛」で、トンボの羽の模様まで繊細に描かれています。

 本体は1ミリ以下の薄づくりで、明かりにかざすと底から高台がすけて見えるほど。薄い磁器を焼くことができたのは、土の調合に工夫を凝らしたからです。地元の土に他からの土なども混ぜていたようです。

 写真左の作品は、中央の渦巻き模様に注目してください。呉須という顔料を筆に含ませ、ろくろに載せた器に一筆書きで描いたもので、肉眼では数えきれないほど何重にも渦を巻いています。粘度の安定した呉須を「磨る」のは専門の職人の仕事でした。

 写真右の作品は、量産化が進んだ昭和のもので、底にハンコのような型を押し当てて凹凸で芸者の顔を浮き出させています。ハンコというと簡単なようですが、大変薄い生地に加工するのは高度な技術が必要でした。

 「盃千字文」は開館時の目玉企画として、日本を代表する現代書家の石川九楊さんに書いていただいたもの。地元の幸兵衛窯が焼いた千個のさかずきに1字ずつ、染付や赤絵など様々な技法で表現されています。焼成前の素地に顔料で書く染付は紙に墨で書くのと勝手が違ったようで、「書くのでなく染め付けるのだ」と腑に落ちたようにご自身におっしゃっていたのが印象的です。

(聞き手・鈴木麻純)


 《市之倉さかづき美術館》 岐阜県多治見市市之倉町6の30の1(問い合わせは0572・24・5911)。午前10時~午後5時(入館は30分前まで)。400円。原則(火)、年末年始休み。

いまがわ・ゆうこ

支配人 今川祐子 さん

 いまがわ・ゆうこ 2002年の開館当初から館に携わり、07年から現職。企画展などを手がけるほか、窯元の町・市之倉の産業観光振興に尽力する。

(2022年9月6日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)