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黒田記念館

洋画の先駆者 修練を積んだ頃

黒田記念館
「自画像(トルコ帽)」 1889年 40.5×30.7センチ
黒田記念館 黒田記念館

 教科書にも掲載される「湖畔」で知られる黒田清輝(1866~1924)が10代でフランスに渡ったのは法律家を志してのことでした。パリで画家や画商らと交流するうちに、幼い頃から関心があった絵画の道に進もうと決心、そこから約8年間滞在して油彩画を学びました。

 「自画像(トルコ帽)」は、留学中に描いた油彩の自画像2点のうちの1枚です。いずれも体を左へ向けた四分の三正面像で、陰影がはっきり表現されています。

 この作品を描いた年に黒田はオランダを訪れ、レンブラントの「羽根飾りのある帽子をかぶる男のトローニー」を模写しています。光と影の効果的な表現など、こうやって描くのか、と真剣に学びながら練習している最中の作品という印象を受けます。

 かぶっているのは、フランスへの船旅の途中にアラビア半島の町アデンで買ったトルコ帽。「船の中で始終被(かぶ)る」ほど気に入り、養母に宛てた手紙にもトルコ帽をかぶった自分の姿を添えています。

 「自画像」も、首の部分だけを描いた背景のないシンプルな自画像という点は共通ですが、浴衣のような装いで角度をつけずに真正面を向いています。近代日本の洋画壇を牽引(けん・いん)した人物の50歳近くの作品に、西洋美術が重視する陰影表現があまり使われていないことはとても興味深いです。

 黒田は30代前半で東京美術学校教授に就任するなど、制作だけに没頭することがままならないこともありました。そんな状況に歯がゆさを感じる一方で、西洋美術を日本に根付かせるという使命を強く自覚して行動する人でもありました。自分は年のわりに絵がうまくないと語ったこともあり、そんな率直で飾らない姿が反映されているようにも思えます。

(聞き手・島貫柚子)


 《黒田記念館》 東京都台東区上野公園13の9。「自画像(トルコ帽)」は9月24日まで、「自画像」は26日から展示。無料。(月)((祝)の場合は翌日)休み。

 黒田記念館
 https://www.tobunken.go.jp/kuroda/

よしだ・あきこ

文化財情報資料部研究員 吉田 暁子

 よしだ・あきこ 東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。2021年から勤務。専門は日本近代絵画。

(2023年9月5日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)