飛鳥時代から奈良時代にかけて詠まれた約4500首の歌を収録した、日本最古の歌集「万葉集」。奈良を舞台にした歌も数多く収められました。かつて都がおかれ、政治や文化の拠点だった奈良県明日香村にある当館。万葉集を身近に楽しんでほしいという願いから、平山郁夫や片岡球子など著名な画家たち154人に制作を依頼したのが「万葉日本画」です。
西田俊英の作品「秋山迷(まと)ひぬる」は、歌聖と称される柿本人麻呂が詠んだ挽歌(ばんか)(追悼の歌)を題材にしています。
「秋山の 黄葉を茂み 迷ひぬる 妹を求めむ 山道知らずも」。山に葬られた最愛の妻の死を「秋山に迷った」と文学的に表現し、妻がいる場所にたどり着けない様子を歌っています。
妻に対する激しく燃えるような情熱と、亡くなったことによる血のにじむような苦しみを、紅葉とともに濃い朱色で表現しています。人麻呂は川の対岸の方を向いているようにも見えますが、あの世に旅立った妻の姿を探しているのかもしれませんね。左下は黄色を基調に描かれており、黄泉(よみ)の国をほうふつとさせます。
馬に乗った人麻呂の後ろには付き人らしき人物が描かれています。秋の美しさと、切ない気持ちが伝わってくる作品。現在は展示していませんが、企画展などでご覧いただいています。
当館は2001年、日本最古の貨幣の鋳造などを行っていた遺跡がある場所に建てられました。発掘された貨幣の特別展を開催中で、万葉集の写本もあわせて展示しています。
「平仮名傍訓(ぼうくん)本」は珍しい写本です。漢字本文の隣には片仮名のルビが振られることが多いのですが、この本は平仮名で訓を付けています。表紙は20巻全て異なる絵が描かれています。その華やかさから調度品としての価値が高く、江戸時代には嫁入り道具として扱われたことで、「嫁入り本」とも呼ばれます。
恋愛における嫉妬や地方を懐かしむ歌も数多く収録された万葉集。今を生きる人々も、共感できる歌があるかもしれません。
(聞き手・田中沙織)
《奈良県立万葉文化館》 奈良県明日香村飛鳥10(問い合わせは0744・54・1850)。午前10時~午後5時半(入館は30分前まで)。無料。原則(月)((祝)の場合は翌平日)休み。特別展「富本銭(ふほんせん)特別展示 天武天皇と〈飛鳥・藤原〉の文化」は12月8日まで(1200円)。
奈良県立万葉文化館 公式サイト
https://www.manyo.jp/
学芸員・染田英美子さん そめだ・えみこ 1989年生まれ、奈良県出身。2020年から現職。専門は日本美術史。 |