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北里柴三郎記念博物館

110年前の感染予防法 今を貫く

「結核退治絵解」 1913年 佐伯矩著・画、北里柴三郎閲(校閲) 縦126センチ×横108センチ=いずれも学校法人北里研究所北里柴三郎記念博物館提供

 近代日本医学の父と呼ばれ、新千円札の顔になった北里柴三郎(1853~1931)は、感染症の予防と治療の研究に生涯をかけました。当館は北里研究所創立50周年の1964年に開設された北里柴三郎遺品室を始まりとし、学術研究論文など、北里博士に関連した資料を5千点以上収蔵しています。

 「結核退治絵解」は、北里博士が提唱した「日本結核予防協会」が設立された1913年に発行されたポスターです。当時死亡率が高かった結核の予防法を啓発するため、後に栄養学の父と呼ばれる佐伯矩(ただす)博士が文と絵を担当し、北里博士が監修したもの。出版社が販売して、学校や市役所に掲示されました。

 まだ感染症の知識が乏しかった時代。簡易な説明文にイラストを添え、漫画のように分かりやすく仕立てています。授業中の様子を描いたコマでは、コロナ禍でよく聞いた「飛沫(ひ・まつ)」という漢字が使われています。赤い点々は病原体で、目に見えない存在を実感してもらう工夫です。隣のコマでは「密集雑居」が感染につながると注意喚起しています。新型コロナウイルスと同じ予防法が、110年前に呼びかけられていたことが分かります。

 結核の初期症状を伝える女性の顔が漢字の「貧血」になっていたり、知識の有無の差を鬼とのじゃんけんに例えたり。ちょっとした遊び心からは、多くの人に隅々まで見てもらいたいという熱意が垣間見え、予防にかけた北里博士の精神を形にした資料だと思います。

 「終始一貫」の書は、北里博士が好んで書いた座右の銘を記したもので、ご家族から寄贈されました。

 北里博士は25歳の時、演説原稿「医道論」に、医の基本は予防だとする信念と、国民の意識改革を促す使命をしたためました。最後に漢詩をつづっていますが、すでに「終始一貫」に通じる思いが読み取れます。北里博士の書は、予防医学に生涯を賭す覚悟とそれを貫き通した人生を象徴した作品です。

(聞き手・中山幸穂)


 《北里柴三郎記念博物館》 東京都港区白金5の9の1(代表☎03・3444・6161)。午前10時~午後5時(入館は30分前まで)。無料。第2、4、5(土)と第1、3、5(日)、祝、夏季休暇などは休み。

◆北里柴三郎記念博物館:https://www.kitasato.ac.jp/jp/kinen-shitsu/index.html

 

えんどう・るみ

学芸員 遠藤瑠海さん

 えんどう・るみ 国学院大学文学部史学科卒業。在学中イギリス留学を経て、2019年学校法人北里研究所に入所。博物館の管理、展示、講演などを担当。

2025年1月21日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)