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山口蓬春記念館

伝統に東洋の技 スタイルの原点

「緑庭」 山口蓬春 1927年 縦196センチ×横166センチ
 やまと絵の作家としてデビューした山口蓬春(1893~1971)は、西洋画の描法を習得した上で、より自由な日本画の表現を追求し続けました。蓬春が戦後に過ごした邸宅を改修した当館では、時代とともに変化してきた作品の数々を味わうことができます。
 
 東京美術学校(現・東京芸術大学)西洋画科に入学した蓬春ですが、担当教授に勧められて日本画科に転科しました。卒業後、日本画家の松岡映丘に師事。1926年に帝展に出品した作品が特選となり、皇室が買い上げる栄誉に輝きます。
 
 ところが、伝統美を重んじ、古来の世俗的な風景を描くやまと絵の表現に飽き足らず、西洋画に見られるようなリアリティーをも表現し始めます。そのころ描いた作品が緑庭です。
 
 初夏の庭園に生い茂る青々とした樹木が、上品な牛車を一段と引き立てます。やまと絵では、松は様式化され、装飾を施して描くことが多いのですが、蓬春は京都・修学院離宮へ赴き、一本一本を写生して描きました。
 
 林の中に輝く神秘的な光も印象的です。金泥による表現は、やまと絵ではめったにありません。一方で、水辺や牛車の周りを飛ぶ鳥は平安時代の絵巻物から引用し、牛車は江戸時代の書物を参考に描いています。やまと絵の表現と、写生や光の描写という西洋画の技法を見事に織り交ぜた作品です。
 
 戦後、ブラックやマティスらフランス近代絵画の解釈を取り入れるなど、独自の発想で新日本画を創造し続けた蓬春。その原点にある作品だと思います。
 
 蓬春は優れた美術品の収集にも積極的でした。「三月 鶏合」は、桃山時代に「やまと絵」の中心流派だった土佐派の作品です。公家や武家、町衆の伝統的な行事を描いた「十二ケ月風俗図」の1枚で、男児が武家の庭で鶏を争わせて遊んでいます。表情や着物の柄が緻密で、雲や地面に金がふんだんに使われ、桃山時代の豪華絢爛な様子が見て取れます。邸宅を訪れた美術商から購入しました。
 
 邸宅は画家や作家、美術評論家らとの豊かな交流の場になっていました。主屋と画室は国登録有形文化財に指定されており、建築も含めて蓬春を感じられる記念館となっています。
 
(聞き手・増田裕子)
 

 
《山口蓬春記念館》 神奈川県葉山町一色2320(☎046・875・6094)。午前10時~午後4時半(入館は30分前まで)。600円。月曜(祝・休日の場合は翌日)、展示替え日、館内整備日、年末年始休み。特別展「大佛次郎と山口蓬春―時代を拓いた小説家・画家」は3月30日まで(「三月 鶏合」の展示は4日から)。
 
山口蓬春記念館https://www.hoshun.jp/
 
 
笠理砂さん

副館長兼上席学芸主任 笠理砂さん

 りゅう・りさ 慶応義塾大学大学院修了。専門は日本美術史。2020年から現職。収蔵展、企画展を担当。