今年は原爆投下から80年。被爆者の高齢化が進み、記憶を語り継ぐことが難しくなる今、広島が続ける記憶継承への現代美術からのアプローチとして、「記憶と物―モニュメント・ミュージアム・アーカイブ―」を開催しています。
「ヒロシマと現代美術の関連を示す作品」の収集は当館が力を入れる活動の一つ。父母を原爆で失った怒りを原点に絵画や版画、インスタレーションを幅広く創作した殿敷侃(とのしきただし)(1942~92)は当館にとって重要な作家の一人で、精力的に作品を集めています。広島出身の彼に影響を受けた県内のアーティストやファンも多かったのですが、自身も原爆投下の数日後に入市被爆し、50歳で早世しました。彼のアトリエには、父が被爆した現場付近で拾った形見代わりの鉄かぶとが常に置かれていたといいます。私は原爆への復讐(ふくしゅう)にも似た強い思いが、彼を常に動かしていたのだろうと感じます。
今回いくつかご紹介している作品のうち、高さ1.2メートル、幅と奥行きともに1.9メートルに及ぶオブジェは、拠点とした山口県長門市の住民と協働し、プラスチック容器など海岸の漂着ごみを集め、焼き固めた作品です。住民と取り組んだ一連のプロセスは郷土名物になぞらえて「お好み焼き」とユーモアをもって名づけられますが、焼けただれた表面は広島の焦土の記憶を呼び覚ますと見ることもできます。
美術館の正面広場にある高さ約6メートルのモニュメントは、英国出身の彫刻家、ヘンリー・ムーア(1898~1986)の作です。流木や骨など、自然の中にある形態に触発された造形を手掛けるムーアらしい作品です。広げた両手のようなアーチの先に目を向けると、木々の間から爆心地が望めます。見る人の視線を導くアーチの前に立ち、皆さんは何を感じるでしょうか。
当館は現代美術に取り組む公立美術館の先駆けとして1989年に開館しました。原爆の記憶やエピソードを伴ったオブジェなどを鑑賞する豊かな芸術体験を通じ、「ヒロシマ」について考えていただく機会になればと願います。
(聞き手・伊藤真弘)
《広島市現代美術館》 広島市南区比治山公園1の1(☎082・264・1121)。[前]10時~[後]5時(入場は30分前まで)。コレクション展350円。原則[月]休み(8月11日、9月15日は開館、各翌日は休館)。「記憶と物」展は9月15日まで。1600円。
主幹学芸員 松岡剛さん まつおか・たけし 大阪府出身。大阪大学文学部卒。1998年から広島市現代美術館学芸員、2025年から現職。 |
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