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サンリツ服部美術館

意図か偶然か 銘が語る独創の美

「赤楽茶碗 銘 障子」 17世紀 高さ9×口径11.8~13.6×高台径5.5センチ

 書家、画家、陶芸家……。多彩な肩書を持つ本阿弥光悦は、江戸初期を代表する文化人です。本業の刀剣鑑定や刀研ぎだけではなく、幅広い芸術分野に関心を持ち、特に茶碗(ちゃ・わん)には独自の美意識を発揮したことで知られています。光悦の茶碗は手づくねで作られているものがほとんどで、ろくろでは出せない造形が特徴的です。独創性は銘からも読み取れます。

 「赤楽茶碗 銘 障子」は温かみのある赤色の中に、もやのような白っぽい色がほのぼのと出ている茶碗です。腰は丸みがあり、口縁部分はやや外側に反っています。表面に大きく入ったひびを継いだ漆が印象的。ひびは焼成時にできた火割れとされますが、意図してなのか偶然なのかは分かっていません。

 背面の腰の部分にある3カ所の火割れは、漆ではなく透明釉(ゆう)で継いでいます。強い光が当たると透けて見え、この様子と漆で継いだ部分を障子の組子に見立てて、銘がつけられました。

 薄手で火割れが大きく入っている見た目から、扱いに気を使うため、お茶会などで披露される機会は少なかったそうです。

 国宝「白楽茶碗 銘 不二山」は、共箱と包み裂(ぎれ)が残っており、箱には銘のほか、光悦の号である「大虚菴(たい・きょ・あん)」と印が記されています。胴の部分は手づくねで成形した後ヘラで削られ、口縁は厚みが不規則で高低差もあり、形へのこだわりが伝わります。白い釉薬をかけて焼いた時に下半分が黒く変化したと言われていますが、これも意図したのかは不明です。後世、同じ表現に多くの陶芸家が挑んできましたが、完全再現には至っていません。

 銘は光悦自身がつけました。器が雪景色の富士山を連想させるだけではなく、内側の螺鈿(ら・でん)のような輝きや造形なども含め「二つとない良い出来」との意味も込めたのではと想像します。また、光悦の娘が嫁ぐ際、振り袖のきれにこの茶碗を包んで持たせたという逸話から別名「振袖(ふり・そで)茶碗」とも呼ばれています。

 開館30周年を記念し、館の茶道具コレクションの礎を築いた服部山楓(さん・ぷう)(本名・正次)ゆかりの作品を約60点展示しています。山楓は、社長として「セイコー」を国際的な時計ブランドへと発展させた一方、わびの精神と場と茶道具の調和を大切にし、多くの茶会を開く数寄者でもありました。光悦と通じる山楓の姿にも触れていただければと思います。

(聞き手・中山幸穂)


 《サンリツ服部美術館》 長野県諏訪市湖岸通り2の1の1(☎0266・57・3311)。午前9時半~午後4時半。特別企画展1200円。祝日を除く(月)、10月15、19日、年末年始など休み。「開館30周年記念特別企画展 数寄者 服部山楓」展は11月24日まで。

◆サンリツ服部美術館:https://sunritz-hattori-museum.or.jp/

 

ふじう・あすみ

学芸員 藤生明日美さん

  ふじう・あすみ 神奈川県出身。実践女子大学大学院文学研究科修士課程修了。2015年から現職。

(2025年9月16日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)