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京都嵐山オルゴール博物館

手間と時計の技 繊細な美しさ

「画家」 フランソワ・ジュノ 1997年 スイス 縦88×横50×奥行き50センチ

 ロココ調の装いをした人形が、スラスラと犬やルイ15世の横顔を描いていく。「画家」と名付けられた西洋の自動からくり人形「オートマタ」は、スイスの作家、フランソワ・ジュノ氏の作品です。18世紀欧州で高級時計でも名をはせたジャケ・ドロー工房が1774年に発表した傑作オートマタを、当館が依頼してリメイクしてもらいました。

 二つのゼンマイを回してスイッチを入れると、鉛筆を持った手がなめらかに動き出し、目線もそれを追いかけます。まばたきをすると、長いまつ毛がふさっと音をたてるように感じます。

 絵は大枠のデッサンをしてから、徐々に細かいところを描いていきます。胴体にカムと呼ばれる不定形の歯車のような金属の板が入っていて、爪のような部品がカムの輪郭をなぞると手の動きに反映されます。カムは36枚もあり、複雑な動きを可能にしているのです。カムの切削や人形の外見など、大部分がジュノ氏の工房で手作業で作られていることにも驚きます。

 当館には「世界最古のオルゴール」もあります。1796年、スイスの時計職人だったアントワーヌ・ファーブルが作ったものです。直径は約3センチで、手のひらに乗るほどの大きさしかありません。印章型の装飾品にオルゴールが組み込まれ、その音は耳元でようやく聞こえる程度です。

 オートマタとオルゴールには、時計の技術が生かされています。特にゼンマイが発明されたことで、動力を中に取り込めるようになり、小型化も進んでいったようですね。

 今は効率や利益が重視され、手間暇をかけることが難しくなりつつあります。でも昔のオートマタやオルゴールには、私たちが便利さと引き換えに失ってきた、繊細な美しさが宿っていると思うんです。だって1台のオルゴールを聞くだけで、私たちはこんなに幸せな気持ちになれるのだから。

(聞き手・斉藤梨佳)


 《京都嵐山オルゴール博物館》 京都市右京区嵯峨天龍寺立石町1の38(☎075・865・1020)。原則【前】10時~【後】5時(時期により30分延長、入館は45分前まで)。千円。不定休、年末年始休み。「画家」は常設展示だが、実演は企画展(20日~11月21日)のみ。

京都嵐山オルゴール博物館 https://www.orgel-hall.com/

 

 

解説員 佐野功さん

解説員 佐野功さん

 さの・いさお 1962年生まれ、福岡県出身。龍谷大学大学院修士課程修了。94年から現職。

(2025年10月7日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)