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アーティゾン美術館

気品や爽快感 本質描く「安井様式」

「座像」1929年、油彩・カンバス

 1929年に発表された「座像」は肖像画の名手として安井曾太郎(1888~1955)を広く知らしめた代表作です。留学先のフランスから帰国したものの、光線やモデル、風土の違いから思うように描けなくなります。15年もの長い苦悶の後、ようやく創作したのが「座像」です。


 くっきりとしたまゆにスッと通った鼻筋、見開いた目で宙を見つめる意志が強そうな女性が椅子に腰かけています。近寄りがたさのなかに気品を感じさせ、輪郭線が女性の存在感をひときわ際立たせています。


 質感のある灰色を背景に、メリハリのきいた色の着物と座布団が目を引きます。着物は引き立て合う効果がある赤と緑を組み合わせて爽快感を表し、みずみずしさが匂い立ちます。乃木希典のめいの娘がモデルと聞いて納得です。


 レアリスムと聞くと、ものごとを見たまま写し取る画風と受け取られがちです。安井は自らの作風をレアリスムと自認し「あるものをあるがままに表したい」との思いを抱いていましたが、ただ写し取るわけではありません。


 形を単純化したり誇張したりするデフォルメという手段を用い、色を効果的に対比させて、目に映らない内面、対象の本質をいきいきと描き出す画法「安井様式」を生み出しました。


 約半年間かけてデフォルメによる試行錯誤を繰り返し、色調のバランスを整え、必要なものだけに絞り込みました。デッサンで描いた着物のしわをデフォルメの段階でそぎ落とすことで、すっきりと着物を着こなした、身だしなみに気をつかう女性にみえます。


 安井様式にたどり着く以前、安井は様々な画風に挑戦しました。07年、フランスに渡った安井をとりこにしたのがセザンヌでした。フランス滞在中に描いたのが「水浴裸婦」。人物の奥に見える背景の幾何学的な描写には、セザンヌの影響を視ることができます。セザンヌの作品は、実際の景色と形や色は違っているのに、見た人がカンバスから受け取る印象は実物そのもの。そういった表現に深く共感したのでしょう。


 当館には、安井が迷いを抱くたびに鑑賞していたといわれるセザンヌの絵もあります。生涯を通して築いた安井様式をぜひ堪能しに来てください。

(聞き手・佐藤直子)

 


 《アーティゾン美術館》 東京都中央区京橋1の7の2(☎050・5541・8600)。午前10時~午後6時(祝日を除く金曜は8時まで、入館は30分前まで)。原則月、年末年始休み。「特集コーナー展示 安井曾太郎」で来年1月12日まで。1500円。

 

アーティゾン美術館

https://www.artizon.museum/

 

たどころ・なつこさん

  学芸員 田所夏子さん

 

たどころ・なつこ  アーティゾン美術館学芸員。専門は日本近代美術史。「創造の現場―映画と写真による芸術家の記録」展などを担当。

(2025年10月14日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)