夏目漱石(1867~1916)は亡くなるまでの9年間、いまの東京都新宿区にあった自宅で執筆していたのをご存じですか。その土地に生誕150年にあたる2017年、区立漱石山房記念館ができました。
今年は漱石の作家デビュー作「吾輩は猫である」が雑誌に載り、単行本(上編)が出て120年です。留学先のロンドンや勤務先の学校でうまくいかず、家族関係にも悩んで神経をすり減らした漱石に、「文章でも書いたらどうか」と俳句雑誌「ホトトギス」の主宰、高浜虚子が勧めたのが執筆のきっかけでした。
漱石が関係者に送った手紙や自筆原稿などを通して、約1年半の創作過程を知れる特別展を開催しています。
「夏目漱石 橋口五葉宛書簡」は、単行本の中編の見本を見た漱石が、装丁を手がけた画家の橋口五葉に宛てた手紙です。1㍍を超える和紙に達筆な字で「上編よりも上出来」と褒めています。表紙のデザインに趣がある、さみしい感じもするが落ち着いている、と率直に記されていて、本づくりへのこだわりが感じられます。
上編の挿絵を担当した画家に頼むのが嫌になった、忙しいときに訪ねてきた雑誌記者を追い返したなど、愚痴をポロッとこぼしているのが面白い。仕事もプライベートも包み隠さず話していたという漱石の性格がうかがえます。
「夏目漱石 松根東洋城宛葉書」は、小説のモデルになった夏目家の猫が亡くなったことを門下生に知らせたはがきです。ふちを黒く塗って喪に服しているのでしょう。しかし、小説「三四郎」を執筆中だから会葬に来なくてよい、と言っています。悲しんでいるのではなく、猫の死を口実に門下生に近況報告をしたかっただけのような気がします。事あるごとに連絡を取りたがる漱石の人懐こさが表れています。
ファンレターに返事するほど筆マメだった漱石の手紙は、私たちが把握しているだけで2600通以上あります。特別展での紹介はほんの一部ですが、漱石の人間味を感じていただけるとうれしいです。
(聞き手・増田裕子)
《新宿区立漱石山房記念館》 東京都新宿区早稲田南町7(☎03・3205・0209)。午前10時~午後6時(入館は5時半まで)。原則月曜休み。特別展は12月7日(日)まで。500円。
◆新宿区立漱石山房記念館→https://soseki-museum.jp/
![]() 主任学芸員 今野慶信さん こんの・よしのぶ 岩手県出身。駒沢大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。専門は日本中世史。新宿区立新宿歴史博物館勤務を経て2019年から現職。 |