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静嘉堂文庫美術館

山水にうねる炎 常識破りの写実力

「阿房宮図」菊池容斎 19世紀前半 161.5×110.9センチ 絹本着色

 緋(ひ)色の炎と煤(すす)色の煙に巻かれる巨大な建物。秦の始皇帝が建てた宮殿が焼け落ちる様を描いた「阿房宮図」は、日本画家の菊池容斎(1788~1878)による歴史画の大幅です。

 秦王朝滅亡後、楚(そ)王の項羽が阿房宮に火を放ったとする説を画題にしています。楼閣は、柱一本一本を定規で引いたような墨の細い線で描かれとても細密です。一方、炎や黒煙は、ぼかしやにじみといった水墨画風のアレンジを融合した大胆な筆致。金泥の火の粉が舞い、熱風や大気のうねりまで伝わってきます。
 楼閣の裏にそびえ立つ山や樹木、山頂から流れ落ちる滝などは、緑青と群青で描く山水画の古典的な表現で、時代感を出すために選んだ画法だと思います。そこに火を放ったところがすごいんです。

 容斎より前、始皇帝の栄華を示す阿房宮の絵は数あれど、焼け落ちる様は見当たりません。絵の発注主は旗本ですが、幕末の動乱期に、自らを戒める勧戒画として描かせたのではないでしょうか。

 古典を基に、歴史を今見てきたかのように描いた写実力は秀逸です。容斎は日本、中国問わず古画を模写し、古人の画風を学ぶなかでこの画力を身につけたのでしょう。作品は1910年の日英博覧会に出品されました。西洋とは違う日本の写実の代表格だと思います。

 一方の国宝「風雨山水図」は、南宋時代の中国の画家・馬遠の筆と伝わる山水画です。目をこらすと右上から強風が吹きつけ、高く伸びる松の木や葉がなびいていることがうかがえます。

 誇張を排した写実は情景に奥行きを与え、自然への畏敬(いけい)の念も感じ取れます。精緻(せいち)な描写力という共通点がありますが、叙情に訴える容斎作品に対し、客観的な洞察力でリアリズムを追求した対照的な画風です。

 当館は、三菱財閥2代目の岩崎彌之助(やのすけ)と4代目小彌太(こやた)の父子2代が収集した東洋の古美術品約6500件を所蔵しています。開催中の企画展では、重文・国宝に加え、「未来の国宝」ともいえる容斎作品を紹介します。見比べてみてください。

(聞き手・尾島武子)


 

《静嘉堂文庫美術館》 東京都千代田区丸の内2の1の1の1階。午前10時~午後5時(11月26日は8時、12月19日と20日は7時まで。入館は30分前まで)。月曜日(祝・休日の場合は翌日)休み。「修理後大公開! 静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝」展は12月21日まで。1500円。ハローダイヤル(050・5541・8600)。

 

よしだえり

学芸員 吉田恵理 

 よしだ・えり 城西国際大水田美術館、静岡市美術館を経て2019年から現職。日本と中国の文人画やその文化に関心がある。

静嘉堂文庫美術館 公式サイト

https://www.seikado.or.jp

(2025年11月18日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。入館料、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)