大阪弁のユーモアあふれる小説やエッセーをはじめ、古典作品の翻訳、文学者の評伝小説など、多彩な作品を残した作家・田辺聖子は、終戦前後の1944~47年、本学の前身「樟蔭女子専門学校」に学びました。当館は、卒業生の田辺聖子を顕彰すべく、樟蔭学園創立90周年を記念して2007年に開館しました。田辺家から寄託された生原稿や愛蔵品、作家デビュー以前の作品などを数多く所蔵しています。
そのなかに、樟蔭女専時代に書かれた作品「十七のころ」の原稿があります。17歳の少女が、軍国主義から一転した世界で、新しい思想へと突き進む先輩や旧弊な両親との関わりのなか、真の生き方を探して苦悩する小説です。食糧難による親子心中や戦地からの引き揚げ者援助活動などの世相も描かれ、のちに時代の証言者として戦争を書き残そうとした姿勢が早くも見られます。社会活動に邁進(まいしん)する先輩を「幸せではない」と直感し、懐疑的に描く視点は、田辺文学の本質に通じるものがあります。「止めときィ」など大阪弁の会話表記にカタカナの「ィ」を用いる工夫も既に見られます。まさに、田辺文学の原点ともいえる作品です。
大阪大空襲、敗戦、父親の死。信じていたものがあっけなく逆転し、世の中も人生もガラリと変わった田辺さんの17歳。過酷な現実を生き抜き、楽しいことの貴重さ、楽しく生きることの大切さに気づく出発点でもありました。のちに「ただしいことを信条にしたらあかん。(中略)たのしいことをしたらよろし」という言葉を残しています。
館内ではご自宅の書斎を再現しています。バラの咲く庭が見える窓辺には青い瓶が、仕事机の周りにはお気に入りの小物が並んでいます。思いついた小説のセリフを書いて入れる千代紙を貼ったお菓子の箱。小さくなるまで使った鉛筆の削りカスで作ったポプリ。可愛いぬいぐるみたち。田辺作品は、お気に入りのものに囲まれた心楽しい空間で生まれたのです。
(聞き手・三品智子)
《大阪樟蔭女子大学 田辺聖子文学館》 大阪府東大阪市菱屋西4の2の26大阪樟蔭女子大緑翠館1階(☎06・7506・9334)。[前]9時~[後]4時半。原則[日][祝]、大学の休業日、26日~1月4日休み。正門で要受付。直筆原稿は25日まで展示予定。
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館長 中周子さん なか・しゅうこ 大阪樟蔭女子大名誉教授。言語文化学博士。2020年から現職。平安朝文学および田辺文学を研究。 |
大阪樟蔭女子大学 田辺聖子文学館