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静岡県立美術館

同じ顔の男 伝わってくるのは

「引き出し」 1996年 59.4×42.0センチ キャンバス・アクリル

 職場の自席で不安げな表情を浮かべる男。ミニカーを持った手を伸ばした引き出しの中にはなんと、もう1人の自分が眠っています。顔の周りは白い花で飾られ、まるで棺おけに入った死体のよう……。

 この「引き出し」を描いた石田徹也(1973~2005)は、日本社会の生きづらさをユーモアで描いた静岡県焼津市出身の作家です。幼い頃から絵を描くのが好きだった彼は、社会問題にも興味を示しました。とりわけ焼津港所属だった第五福竜丸の被曝(ひばく)事件に強い関心を持ち、惨状を絵にした米国の画家ベン・シャーンのように、描くことで人を救う「聖者のような芸術家」になりたいと語っていました。

 「引き出し」では、椅子に座る男の心情を、引き出しの男で表現しているのかもしれません。背後に立つ上司から声を掛けられ嫌な予感に襲われ、姿を隠したいのか。ミニカーやたばこなど好きな物で苦痛を和らげたいのか。職場の息苦しさや過重労働の過酷さが伝わってきます。

 緻密(ちみつ)な線づかいも注目です。密度の濃い絵が想像力を刺激します。武蔵野美術大学でグラフィックデザインを学んだ経験も生きているのでしょう。

 「クラゲの夢」は、男がベッドで身を丸めて眠っています。繊細なクラゲに包まれて眠る様子は、自分だけの安らげる場所を求めているのかもしれません。

 石田の作品にはたびたび、短髪で表情の乏しい男が登場します。もとは閉塞(へいそく)的な社会におびえる自分を笑い飛ばすために描いた自画像が、次第に「同じ時代を生きる誰か」に変わっていきました。31歳で亡くなるまでに約200点を残し、評価は海外にも広がっています。

 当館では、遺族から寄贈された作品21点を所蔵しています。うち10点を収蔵品展「2000年代の絵画 静岡ゆかりの作家による」(後期)でご覧いただけます。真面目さと面白さが合わさった石田の作品をお楽しみください。

(増田裕子)

 

 《静岡県立美術館》 静岡市駿河区谷田53の2(☎054・263・5755)。午前10時~午後5時半(入館は30分前まで)。300円。月曜日(祝日の場合は翌日)休み。今収蔵品展は4月19日(日)まで。

 

かわたに・しょうこ
上席学芸員 川谷承子さん
 
 かわたに・しょうこ 香川県出身、東京芸術大学大学院美術研究科芸術学修士課程修了。専門は現代美術。2004年に静岡県立美術館学芸員、10年から現職。
(2026年3月17日、朝日新聞夕刊欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。)