優美なアヤメ文様の細工に縁取られ、時代を感じさせる銀の輝きを放つ鏡やブラシ、香水瓶……。「あやめ文銀製化粧セット」は、20世紀初頭のイギリスで作られました。手がけたのは、王室御用達にもなった金銀製品メーカーです。
28点と点数が多いので、富裕層が注文したものだと考えられます。持ち主のイニシャルなどを組み合わせたモノグラムがないため、未使用で保管されていたのかもしれません。
アールヌーボーが流行していたこの頃は、化粧道具でもアヤメやポピーなど曲線的、有機的で優美な花のデザインが好まれました。香水もフローラル系が人気だったそうです。
セットの中にはアルコールランプが付いた折りたたみ式のコテがあります。コテをアルコールランプであぶり、その熱で髪を巻きました。当時流行していたのが、髪をウェーブさせて結い上げる「ポンパドール」。前髪や顔まわりの毛をカールさせていました。髪形にも曲線美が求められていたのでしょう。
「グラブストレッチャー」は、今では珍しい道具です。ヨーロッパの上流階級では、外出時にあえてタイトな手袋をすることを洗練の証しとしていたようで、ぴったりとした手袋の指の部分を広げてはめやすくするために使われていました。化粧道具からは、その時代の流行や生活が透けて見えてくるようです。
ルノワール(1841~1919)の「髪かざり」(1888年)は、女性の髪に花のかざりをつけている場面が描かれています。フランスのブルジョア階級の女性は、家にいる時に花の髪かざりをすることが多かったようです。座っている女性も手に同じようなかざりを持っているので、お互いに着け合うつもりなのかもしれませんね。
近しい時代の道具と絵を組み合わせることで、当時の人々の姿や生活をより立体的に感じていただけると思います。
(聞き手・斉藤梨佳)
《ポーラ美術館》 神奈川県箱根町仙石原小塚山1285(☎0460・84・2111)。【前】9時~【後】5時(入館は30分前まで)。2200円。無休(展示替え期間除く)、6月1~16日休み。2作品を展示する展覧会は5月31日まで。
ポーラ美術館 https://www.polamuseum.or.jp/
学芸課長 岩崎余帆子さん いわさき・よおこ 東京芸術大学大学院修了。印象派を中心とした展覧会を企画。専門は19世紀のフランス美術。 |