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東京国立近代美術館

杉本博司「カリブ海、ジャマイカ」 1980年 ©Hiroshi Sugimoto/Courtesy of Gallery Koyanagi

 人類が意識を持ち始めた頃にさかのぼることはできないか。現代美術作家の杉本博司(1948~)が、そんな壮大な問いでスケールを深めたのが写真作品「海景」シリーズです。

 各地の海と空を、中央に水平線を置いた同一の構図で撮り続けている仕事で、80年に始まり現在も続くライフワークです。当館が所蔵するその第1作「カリブ海・ジャマイカ」を、まずご覧いただきたい。

 地上の風景は大きく変化したけれど、海と空は変わらない。それだけを画面に収めることで、10万年前の人類が見ていたかもしれない景色をいま見ることができるのではないかというコンセプトです。

 シンプルな構図ですが、実際の作品に近づくと、波の細部や空の微妙な変化が驚くほど豊かに立ち上がってきます。撮影からプリントに至るまで、光をきちんと定着させる高度な技術があってこそ生まれる違いであり、視覚的な心地よさがあります。  杉本の仕事は、とてもコンセプチュアルでありながら、写真としての完成度も高いレベルで成立させている点で際立っています。

 最近は印画紙をじっくり見る体験は限られています。細部を味わうのもよいですし、少し離れて眺めると抽象画のような静けさや瞑想的な感覚も覚えます。まずは海と空の広がりに身を委ねていただければと思います。

 当館は19世紀後半から現代までの近現代美術作品を収集展示し、杉本の作品は13点所蔵しています。今回その全点と、作家からお借りした「劇場」シリーズの創作ノートなどを、開催中の企画展にあわせて9月13日まで展示しています。

 「劇場」シリーズは、映画1本分を長時間露光で撮影すると真っ白なスクリーンが残るという作品群です。ノートには条件を変えながら試行錯誤を重ねた記録が克明に残されており、どのように1枚のプリントが成立しているのかを読み取ることができます。作品の背後に、綿密な計算と手仕事が積み重なっているのです。

(聞き手・朴琴順)


 《東京国立近代美術館》 東京都千代田区北の丸公園3の1。午前10時~午後5時(金・土は8時まで、入館は30分前まで)。500円。月(祝・休の場合は翌平日)など休み。企画展ギャラリーで「杉本博司 絶滅写真」展も開催中(2300円、常設展も観覧可)。ハローダイヤル(050・5541・8600)。

 

増田玲

 主任研究員 増田玲 

 ますだ・れい 1992年から同館に勤務。専門は写真史。95年に発足した同館写真部門の開設準備からたずさわり、写真展の企画などを担当。

(2026年6月30日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。入館料、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)