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井の頭自然文化園 彫刻園

平和祈念像へ続く新たな一歩

「浦島 長寿の舞」 1950年 高さ245センチ

 長崎市の平和祈念像、その原型は東京都の井の頭自然文化園内で生まれました。作者は長崎県出身の彫刻家・北村西望(1884~1987)。巨大像の制作場所を求めて都に交渉して建てたアトリエが彫刻園の由来で、平和祈念像の原型など約200点を展示しています。

 1950年に発表した「浦島 長寿の舞」は、西望得意の筋骨隆々とした男性像です。浦島太郎といえば玉手箱の煙に包まれた老人ですが、本作は若くたくましい姿です。

 西望は官展で活躍し、戦時中は金属供出で消えゆく銅像の救出に奔走しました。44年に東京美術学校を退職し翌年疎開。48年に帰京した西望は世間の変化にぼうぜんとしたといいます。本作には60歳を超えた自分も老いをはね返し、日本とともに再び立ち上がって新しい時代へ進むのだという強い決意が表れています。

 この時期は、彫刻家としての大きな転機にもなりました。木組みに石膏(せっこう)をじかに塗りつけて削る技法を生み出し、制作テーマも「平和」や「自由」へと向かっていきます。

 本作は「平和祈念塔構想の一部」と名付けて50年の日展に出品。同じ年に長崎市から原爆犠牲者を悼む記念碑の相談を受けますが、「平和を祈り念じ、世界に呼びかける」と祈念像を提案しました。

 力強い男性像を持ち味とした西望は戦前、政治家や軍人の像も多く手がけました。平和祈念像を男性裸体表現とすることを批判されますが、「原爆という強烈なものに対抗するのだから、強烈な印象を与える男性像で」と曲げませんでした。最も得意な技術で、自分なりの平和への祈りを表そうと考えたのでしょう。

 制作テーマの変化は、終戦の翌年に手がけた騎馬像「平和への出発」にも表れています。戦前に手がけた軍人の騎馬像とは一転し、軍服も馬具も脱ぎ捨てた姿をしています。男性は口笛を吹いているような、軽やかな表情。時代のくびきを脱し、新しい一歩を踏み出したかのようです。

(聞き手・木谷恵吏)


《井の頭自然文化園 彫刻園》 東京都武蔵野市御殿山1の17の6(☎0422・46・1100)。午前9時半~午後4時半(入園は30分前まで)。原則月休み。井の頭自然文化園の入園料400円。2点は常設展示。

 

雨宮千嘉

 学芸員 雨宮千嘉 

 あまみや・ちか 林原自然科学博物館エデュケーター、ベルナール・ビュフェ美術館学芸員を経て、2024年から現職。開催中の企画展「西望偉人伝」(来年4月4日まで)も担当。

(2026年8月4日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。入館料、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)