中世の歴史や文化を研究、発信する当文庫の起源は、鎌倉幕府の重鎮・北条実時が開設した「金沢文庫」。幕府滅亡とともに途絶え、その蔵書は隣接する称名寺に委ねられました。
1930年に県立施設として再興し、現在は国宝「称名寺聖教(しょうぎょう)・金沢文庫文書」2万点超をはじめとする文化財を管理するほか、近隣寺院などからの寄託品や、寄贈された文化財も収蔵しています。
建久年間(1190~99年)ごろの作とみられる「十二神将像」は曹源寺(神奈川県横須賀市)からの寄託品です。十二神将像は薬師如来を守る武将姿の仏像。その憤怒の形相や闊達(かったつ)な作風から、鎌倉時代の仏師・運慶(?~1223)率いる運慶工房の作とみられます。目は水晶をはめ込んだ玉眼で、頭上にはそれぞれ十二支の動物を頂いています。
中でも「巳神(ししん)」はひときわ大きく出来栄えも優れ、現実の武将を写し取ったような写実的な姿です。なぜ他の像と異なるのでしょうか。
一説には、3代将軍源実朝との関係が考えられています。実朝の出生に際して曹源寺(当時は宗元寺)で母の北条政子の安産祈願をした記録があり、さらに実朝が巳(み)の刻に生まれたことから、「巳神」が象徴的に造られたという説です。実朝がたくましく育つようにと願いが込められたのかもしれません。
運慶は東大寺や興福寺の仏像で知られますが、東国でも活躍しました。近年研究が進み、運慶と幕府との密接な関係が浮かび上がっています。「巳神」は、工房の棟梁(とうりょう)である運慶が直接関わった可能性もあるのではないか。幕府とのつながりや工房の実態を研究する上でも重要な作品です。
当文庫は今年、古美術の収集家から仏画を中心に55件の寄贈を受けました。「阿弥陀二十五菩薩来迎(ぼさつらいごう)図」は阿弥陀如来を描いた仏画の中で最も豪華な画題。現世の不安から逃れて極楽へ行きたいという武家や貴族の切なる願いが表れています。
(聞き手・木谷恵吏)
《神奈川県立金沢文庫》 横浜市金沢区金沢町142(☎045・701・9069)。午前9時~午後4時半(入館は30分前まで)。月(祝休の場合は翌平日)、祝の翌日(土日除く)、年末年始など休み。本特別展500円。2点は11月8日まで展示。
主任学芸員 瀬谷貴之さん せや・たかゆき 2003年に同文庫勤務、12年から現職。専門は仏教美術(主に彫刻)。主に運慶を研究し、著書に「運慶と鎌倉仏像」「国宝クラス仏をさがせ!」など。開催中の「柴田コレクション受贈記念特別展 国宝でたのしむ仏教美術」を担当。 |