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萩・下関をめぐる欲張り旅(2)

グルメも歴史も!

◆クジラの街、下関

下関は、近代捕鯨発祥の地で、「クジラの街」。そもそも山口県では古くから「大きいものを食べると縁起が良い」とされていて、1年の節目の大みそかや節分にクジラを食べる風習があった。このような食文化を継承するため、下関市内の公立の幼稚園、小中学校では毎年節分の日などに、クジラの竜田揚げなどのクジラ給食が提供されている。

唐戸市場に並ぶ鯨肉

戦前から日本有数の捕鯨基地として栄えてきた下関は、1982年にIWC(国際捕鯨委員会)が商業捕鯨の一時停止を採択した後も、南極海での調査捕鯨の副産物である鯨肉の陸揚げ地としての役割を担ってきた。2019年7月、31年ぶりに商業捕鯨が再開され、市民の中でも「鯨肉が安くなるのでは」と期待する向きが大きくなっているそうだ=写真は、唐戸市場に並んでいた様々な種類の鯨肉。

石本弘之さん

下関市にある鯨肉の専門店「東冷」の石本弘之会長=写真左=は、「調査捕鯨で採れた鯨肉は『食べちゃいけないもの』と思っている人もいた。商業捕鯨になったことで『食べていいんだ』という意識になって、若い人も鯨肉に親しんでもらいたい」と話していた。

 

 

◆維新の志士ゆかりの地をめぐる

食の宝庫・下関から、歴史の舞台・萩へ。車なら1時間20分、電車とバスなら3時間ほどで到着する。

萩は、松下村塾を主宰した長州藩の思想家、吉田松陰が生まれ、数々の志士たちが輩出した維新源流の町。松陰や門下生たちに関する史跡が集中している。

なまこ壁

萩焼を軒先に並べる古民家

江戸期の1604年に毛利輝元が築城した萩城。その外堀の外側に碁盤目状に区画された城下町には、現在も白壁となまこ壁や黒板塀が残り、往時の面影を伝えている。城下町には「維新の三傑」とうたわれた桂小五郎の生家「木戸孝允旧宅」や、「幕末の風雲児」高杉晋作の誕生地、高杉や伊藤博文が幼少の頃に勉学に励んだ「円政寺(えんせいじ)」などが点在。萩焼を軒先に並べる店や古民家を改装したカフェなどもあり、幕末ファンならずとも楽しめる場所だ。白壁や土壁の上から萩特産の夏みかんがのぞく風景も目に楽しい。

松蔭神社

松下村塾

萩市民から、尊敬を込めて「松陰先生」と呼ばれている吉田松陰。松陰をまつる松陰神社=写真上=は、城下町から徒歩30分ほど。境内には、松陰が主宰した私塾「松下村塾」=写真下=や、謹慎生活を送った「吉田松陰幽囚ノ旧宅」などが残る。松陰の語録を記した句碑が並ぶ「学びの道」もあり、松陰の思想や生活に触れられる。萩城下町や松下村塾、吉田松陰幽囚ノ旧宅は「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界遺産にも登録されている。

 

明倫館

吉田松陰が教え、高杉晋作らが学んだ萩藩校明倫館。享保4年(1719年)に5代藩主毛利吉元が毛利家家巨の子弟教育のために堀内に建てたもので、約130年後の嘉永2年(1849年)には、城下町付近の約5万㎡もの敷地に学舎や武芸修練場、練兵場などを備えて拡大移転した。その跡地に建ち、2014年まで授業が行われていた旧明倫小学校の木造校舎を使って、2017年、「萩・明倫学舎」がオープンした。

藩校明倫館から旧明倫小学校までの300年の歴史を紹介する本館と、幕末維新期の貴重な実物資料を展示する「幕末ミュージアム」や、萩市の5資産を含む「明治日本の産業革命遺産」を紹介する「世界遺産ビジターセンター」がある2号館(有料)からなる。観光インフォメーションセンターや、豊富な萩の幸を使ったレストラン、萩ならではのお土産を取り揃えたショップもある。萩城下町から徒歩圏内なので、是非立ち寄りたいスポットだ。

 

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